【別冊】ルルナル『朗読の部屋』百八十九話

 【別冊】ルルナル『朗読の部屋』百八十九話 

2018年3月17日

ルルナルの『朗読の部屋』 百八十九話を公開しました。

ラインナップは…

『おごめご様』

『旅館の出来事』

『オノ』

この中から「旅館」についての別冊ストーリーをお届けします。


【あの旅館は…】

出張で地方都市に社用車で行った時の話。

時刻は午後十時過ぎ、周囲は人家もなく視界を遮るほどの風雨。

「まいったな…こんな時間になるなんて」

本来は日帰り出張で既に帰宅できている予定だったのだが、実際には細かい処理が立て続けに起こってしまい遅くなってしまったのだ。

会社からは一泊も許されたが、翌日は土曜で会社は休みなので家族との約束もあってどうしても帰りたかった。

ザアアアァァァァァァァ

そんな自分の考えとは裏腹に雨は勢いを増し、今どこにいるのかすら分からなくなってしまった。自分が所属している企業は元々が地元を中心に活動している会社だった事もあり、社有車での長距離出張等は想定されておらずに「カーナビ」等は搭載されていなかったし、スマホなんてまだ存在していない時代だ。

道なりに進んできたつもりだったが…いつの間にか山道に迷い込んでしまった。舗装はされているのでそのまま進んだのだが…

「そんな…マジか?」

車のヘッドライトに照らされた看板には、

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『豪雨による土砂崩れの危険あり。通行止め』

と書かれていた。

細い山道でUターンのスベースもない場所で途方に暮れていると視認し辛い前方に何か光が見える。それは通行止めの看板の先50メートル程の前方にあり明らかに「旅館」の文字が見て取れた。

「仕方ない…あそこで一泊するか」

仕事で疲れていた事と悪天候からこれ以上の運転は危険と判断し、「通行止め」の看板の脇ギリギリを通り抜けて「旅館」の駐車場に車を停める。

看板の文字が掠れてしまい名前は読み取れなかったが間違いなく「旅館」の文字が確認でき、駐車場の奥には小さな建物が見えた。

「こんな場所で儲かるのかな?」

一番にそんな疑問を感じさせる環境だったが、疲れていた事もあって車を降りて駆け足で建物に向かう。

「ごめんください…」

薄暗く、決して広くない玄関に入り声をかけると、六十代くらいの小柄な男性が奥から出てきた。何かびっくりしたようにこちらを見ていたのが印象的だった。

「すいません。一晩泊まれないですかね?」

「いや…それは…」

何か歯切れが悪い男性の口調が気になったが、十二月の寒空で車で一晩明かすのは嫌だったので無理に頼み込むと、部屋を用意してくれる事になった。時間も遅いので食事は大したものが用意出来ないと言われたが、そなん事は仕方がない。

「どうぞ、こちらでございます」

案内された部屋は和室で八畳程の広さ、テレビと炬燵が置かれていた。立派ではないが十分な部屋だと思った。

大浴場が改装中との事だったので部屋に備え付けの簡素な風呂だったが冷えた身体には心地よく、男性が用意してくれた食事も焼き魚に山菜のお味噌汁と味も美味しくて感動してしまった程だ。

「改装中なものですから、十分に出来ずに申し訳ない」

「とんでもありません。突然のお願いだったのに…助かりました」

その後はビールを少し飲み、疲れていた事もあてそのまま朝まで熟睡してしまった。

自宅に早く帰りたかった事もあり、朝食はお断りして午前七時には旅館を出発した。

雨は既に上がっていたが空はまでどんよりしており、男性に近道を教えてもらってその通りにしばらく進むと大きな道路に出る事が出来た。

後日、会社の同僚にその話をしていると出張先の地元出身の先輩が話に入ってきた。

「変だな…そんな旅館はあの周辺にないと思うが? 県道〇〇号に出る道に繋がっていたんたよな?」

「はい…旅館の名前は分からなかったんですけど、親切な男性で料理も美味しかったですよ」

先輩は尚も怪訝な顔をして続けた。

「通行止めの先に旅館があるって変じゃないか? 距離があるなら分かるが50メートルしか離れてないんだろ? それもあの山は高くないし、民家もないし観光地でもないからな、旅館なんて経営出来ないと思うが…」

結局は結論も出ずに大きな話題にもならなかったが、旅館の男性の態度や先輩の言葉がどうも引っかかり、インターネットで色々と調べてみたが「旅館」は発見出来なかった。

最近になって人間関係に疲れる事が増えて、あの時の「旅館」の男性の親切さが懐かしくなって再び「旅館」を探してみたのだが、発見することは出来なかった。

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