【別冊】ルルナル『朗読の部屋』短編の間 百八十夜
2018年2月21日
ルルナルの『短編の間』百八十夜を公開しました。
『撮っていない映像』
スマホの録画ボタンを押し忘れる事ってありませんか?
意識して撮っていない映像…何が映るんでしょう?
「セミナー参加者」
会社の企画で外部取引先様を対象としたセミナーを開催した時の事です。今後の展開の為の宣伝ツールとしてセミナー開催時の様子をビデオカメラで撮影していました。勿論、参加者の同意の上です。
会場は本社の会議室を使用する為、最大参加可能数は20名。セミナー終了後に営業社員が商談に持ち込むことが出来れば理想だなと考えていました。
セミナー当日、午後3時にはセミナーは終了して数件の商談にも繋げることもでき、企画した我々の部では達成感と安堵の空気が流れていました。
金曜だったという事もあり、後片付けもそこそこに皆で軽く食事をして帰宅しました。
翌週に事件は起こりました。
月曜に出勤してセミナー会場の後片付けを進めていたのですが、講師側から参加者を撮影する為に設置しておいたビデオカメラの電源が入ったままになっていました。256GBの外部メディアが入っていましたが、流石に容量が一杯になって赤ランプが点滅しています。
まあ、大した問題でもないのでそのままカメラを回収して片付けを終えたのですが、セミナーの様子を社長から見たいとの要望があったので撮影した動画を確認する事になりました。
設置したカメラは2台。
講師側から参加者を撮影したカメラと、後方から講師側を撮影したカメラです。
2つの動画を適当に組み合わせて10分くらいに編集する事にしました。
その時に講師側から参加者を撮影したカメラが電源が入ったまま放置になっていた事をメモリの容量を見て思いだし、無駄な事をしたなあ、といらない部分を削除しようとした時です。
映像はセミナーが終わり、名刺交換会等が行われ、少しずつ退室していく参加者を映しています。そして簡単に後片付けをしている私達、その私達も電気を消して退室してしまい薄暗い無人の会議室の映像が続きます。ここからの映像はいらないので削除するだけなのですが、何故か続きが気になりました。週末の夜の会議室に変化があるはずがないのですが…
見続けても当然の事ながら変化などはなく、夜に向けて画面内はどんどん暗くなるだけです。撮影されているポイントには非常用の常夜灯があるので真っ暗にはならず、部屋の様子などは把握できます。
変化のなさに飽きてきたので最大倍速で映像を流し続けて編集作業に戻りました。
数分後、私の背後を通った同僚が「ええっ?」と大きな声をあげ、
「おい!なんか変だぞ…」
映像に起こる異変…
と私の肩を掴んできました。
同僚に流し続けている映像を見るように促され、私は唖然としました。
真っ暗な室内に人が座っているのです。
私は急いで倍速での再生を停止して映像を巻き戻しました。
土曜の午前2時過ぎ、会議室に男性が入ってきました。スーツを着ていますのでサラリーマンだと思います。そのサラリーマンはセミナー参加者の席に着席し、そのまま正面を見据えています。
「誰だ?この時間に会議室って入れるのか?」
同僚の疑問のとおり、他社も入っているビルなので深夜等はセキュリティキーがないと建物には入れませんし、会議室に鍵をかけたのもはっきりと覚えています。
映像を再び倍速再生にするとサラリーマンは微動だにせずに座り続けているのです。
ピクリとも動かない。表情も変わらないまま映像の中の時計表示が午前7時になった瞬間、画面が砂嵐に一瞬変わり、元に戻った時にはサラリーマンは消えており、その後も数時間録画されていましたが二度と現れませんでした。
「あんな時間に会議室に来るのも変だけど…」
「ああ、あんなに動かずに五時間もいられないよ」
サラリーマンの顔をズームしてみましたが二人とも見たことのない顔です。
あまりの事に二人してしばらく放心状態になていると部長に声をかけられました。
「おおい。映像はまだかい?」
どうやら社長に急かされたようです。
「部長…これ…」
私達はサラリーマンの映像を部長に見せました。
「んっ?誰だいこれは? ああっ!」
部長は突然叫び声を上げると私達を部屋から追い出してしまいました。
その日、緊急の上層部会議が開かれ映像は処分した事、この事は誰にも言わない事を強く厳命され、会社が企画するセミナーは無期限中止となりました。
部長や上層部はあのサラリーマンを知っていたのでしょうか。
あれから数年、順調だった会社の経営は悪化し私達も転職をしてしまいましたので真実は分からないままです。