【別冊】ルルナル『朗読の部屋』短編の間 百七十九夜

 【別冊】ルルナル『朗読の部屋』短編の間 百七十八夜 

2018年2月19日

ルルナルの『短編の間』百七十九夜を公開しました。

『車の荷台に…』

会社員になって頻繁に同じことを繰り返す人って本当にいるんだ、と実感しました。

今回も別冊のお話しをお届けしますよ。


【繰り返す新人】

私の会社では頻繁に交通事故を起こす社員がします。

※彼の名前は仮に兼森とします。

大卒の新卒社員として入社後、社有車の運転が許可されてからの半年間で追突事故を3件起こしました。

状況にもよりますが、業務では同市内の運転で1日に多くても20キロ前後の距離です。そもそもの所属は営業ではありませんので毎日は運転はありません。

本来ならば適性がないと判断して運転を禁止すべきなのですが人手不足、という理由で上長が黙認していました。

幸運な事に相手も自身も傷つける事なく来ましたが、流石に3回目となると今後は人命にも関わってしまうのではないか、と判断し会社として安全運転教育を行う事になりました。対象は社有車を運転する全社員とし、社有車をリースしている会社の担当者にも協力していただきカリキュラムを作成しました。

会社自体が営業担当者は地方への出張が多い為に効果がどこまであるかは不明瞭でしたが何とか実施までこぎつけ、個々の運転への同乗検査を行う段階に来ました。

同乗する検査員も私を含む一部の管理系の中間管理職が行いますので、和気あいあいとしたものです。実際に仕事の息抜きにもなりましたし、普段は話さない社員とも会話ができて有意義でした。

ただ、兼森の同乗検査を誰が行うか、正直やりたくないのです。こんな講習だけで彼の運転が改善されるとは思えない、でも講習が終われば会社として対策を完了した事になり、万が一にでも彼が再び事故を起こしてしまったら、同乗検査を行った担当も責任を追及されてしまう、と皆が考えていました。

兼森は特に目立つ社員ではなく、普段の仕事でも覇気は感じられずに一晩寝たら会社で注意された事も全て忘れられる、と自分で公言してしまう青年でした。

最終的に特別に同乗検査員として私ともう一人の二人体制を取ることにしました。

運転コースは15キロ先の支店まで高速道路を使用して向かい、下道で帰ってくるコースです。高速道路を使用した行きの工程では降りる出口を一つ間違えましたが、大きな問題もなく支店に到着しました。

支店には15時過ぎに到着したのですが、緊急のトラブルが発生して対応をしていた事ですっかり遅くなってしまい、支店を出発したのは19時を過ぎてしまいました。

帰りの道程は下道を通るのですが、その日は非常に混んでおり少し遠回りになりますが、普段はあまり使用しない裏道を使用する事になりました。

私は助手席に同乗していたのですが、しばらくして窓から眺める景色がやけに暗いと思い始めました。裏道と言っても市内の道ですから店舗や会社もそれなりにあります。20時前であれば暗いなんて地区ではないのですが、何故か窓に濃いスモークフィルムを貼ったように暗いのです。

トラブル対応で疲れたのかな…と思って同乗検査をしているのに少しウトウトしてしまいました。

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そこで起きた異変とは?

運転手の兼森と後部座席に座るもう一人の担当者の会話で私は目を覚ましました。

車の時計を見ると…23時12分。既に3時間以上が経過しています。遠回りといっても20キロもありませんし、道も順調だったのにこんなに時間がかかるなんて考えられません。窓の外は相変わらず暗いままです。

私がまだ現実を飲み込めずにいると、後部座席の同乗者が兼森に強い口調で指示を出していました。

「何をやってるんだ? 道が完全に間違っているぞ! ここはどこだ?」

同乗者はうろたえて、というよりは怯えて兼森に詰め寄っていますが、当の兼森は振り向く事もなく無言で運転を続けています。

カーナビの表示を見ると昔のテレビの砂嵐のようになっていて現在地は見えません。

この時点で事態の異常さに私は完全に覚醒しました。

「おい兼森君 どうしたんだ?」

兼森は私の問いかけにも答えません。いや、よく見ると口元が激しく動いています。

「ひひひ、ひひひ…ひひひひひ…」

小声ですが兼森は笑っていました。

目元や表情は変化せず声だけで笑っていたのです。

「ザザ…ザザザ…ザ…じゃま…ザザ…」

突然、カーナビから雑音交じりに声が聞こえてきました。

私はカーナビの音量を上げました。

「ザザザ…じゃま…しないで…たのしいんだ…ザザ…こいつであそぶ…ザザザ…の…」

気が付くと車はどんどん加速しています。思わず私は兼森からハンドルを奪って足を延ばしてブレーキを踏みました。後続車も無かったため急停車でしたが事故になる事もなく車は止まりました。

「おい…大丈夫か…」

兼森と同乗者も怪我などはなさそうです。兼森もさっきまでと違いいつもの表情に戻っています。

「兼森君 どうしたんだ?」

私が兼森に問いかけた直後にカーナビが大声で答えました。

「あたしのお人形…取らないでよぉぉ!」

それは小さな女の子の声だったと思います。

その後の事はおぼろげなのですが、私が運転を代わって本社まで戻りました。

遅くなった言い訳が必要でしたが、本社は既に全員退社していましたので私達も帰りました。終電に間に合わなかったのでタクシー代がかかってしまいましたが。

流石の兼森もショックだったみたいで、自分が何かに憑りつかれている事を理解したようです。今思えばこれまでの事故に関しても事故の瞬間の事は明確に記憶がないようです。

お祓いでも行った方がいいぞ、と私と同乗者に言われて今週末に必ず行くと、落ち込んで帰って行きました。

私達は本社や別の社員には今回の事は黙っていようと決めました。

どう説明していいかもわかりませんし、お祓いできちんとしてくれれば兼森も大丈夫だと考えたからです。

しかし恐怖は終わりませんでした。

その2週間後に兼森は交通事故を起こしました。川沿いの道で3メートル下の川に落ちたのです。今回も奇跡的に誰かを傷つける事はありませんでしたし、兼森自身も無傷でした。会社では兼森の運転禁止の声があがりましたが、私達は原因が分かっていました。

あの子は兼森の運転する車で遊んでいるのです。だから遊び続けるため、壊れないように誰も傷ついていないのではないでしょうか。

そして、同時に気が付いた事は、兼森はお祓いには行っていないだろう、という事です。

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